「笑ってよ」


平助が最期に残した言葉。
それを新八は重く受け止めていた。笑って死んでいった平助が最後まで願い続けた想い。
本当に最期の最期まで笑って欲しいと願っていた。
残酷な願いだと思う。大切な、本当に大切な存在を失ってしまったと言うのに何故笑えるだろうか。
覚悟ができていなかったと言えばそれまでだ。しかし人間そんなに割り切れるものではない。
本当に三馬鹿で居るときは楽しかった。今はもう思い出になってしまったが、新八は心の底からそう思う。
それは左之助も同じだ。馬鹿みたいにはしゃいでいたあの頃の自分達は人生の中でも一際輝いた瞬間だった。
だがそんな輝きはもう戻ってこない。
二人では駄目なのだ。三人揃わなくては三馬鹿ではない。
せめて生きてさえいてくれれば何年かかってももう一度三人で酒を飲み交わしたかった。
そんな新八の願いは永遠に叶わぬものとなってしまった。
段々と弱くなっていく声に死ぬなと縋りつく事も出来ず、ただ笑って見送る事しか出来なかった自分が新八は歯痒かった。
さっきまで温かかった体がどんどん冷たくなっていくのを暖めようと二人でしがみ付いたってどうにも出来ぬ事も苦しかった。
日が昇るとき漸く真っ白になってしまった平助の顔を見て死を受け入れるしかないことを悟った。
それでも受け入れたくなどなかった。また三人で馬鹿をやれると信じたかった。
もうそれすら叶わない。葬式も済み一息ついた今ではただぼんやりと過ごすのが新八には精一杯だ。
だからと言っていつまでも泣いているわけにもいかない。
やらねばならぬ事もある、叶えなければならない願いがある。
それをせずにただ刻々と流れる時間だけを感じるのでは死んでいった者達に顔向けが出来ない。
既にあれから十日と言う月日が流れてしまった。平助の葬式もきちんとした形であげてやれなかった事に悔いが残る。
だが新撰組を脱退した以上隊士として篤く葬る事も出来ず簡単な葬儀になってしまった。
それでも最後の別れが出来た事だけは幸せだと新八は思っている。
もう温度のない平助の顔を左之助と二人で見た事が三馬鹿の最後の別れだ。
そんな事を考えていたらまた涸れたはずの涙が出そうになって新八は慌てて井戸へ向かった。
冷たい水で頭を冷やせば一時凌ぎにはなる。
冴えた頭で考える事もやはり平助の事だ。どうすれば平助の供養になるか新八はこの十日考え続けていた。
いつも一つの結論にたどり着くのにどうしても実行できない自分の情けなさに腹が立つがそろそろ腹の括り時だ。
新八は雫の滴る頭を適当に手拭で拭いて左之助の元へ向かった。
左之助は平助の死を忘れる為なのか稽古に励んでいたが、やはり見ていて覇気がない。
平隊士達が心配そうに稽古する中新八は左之助を呼びつけた。

「左之、ちょっと用があるついて来い」

「なんだ新八、やぶからぼうに」

そう言いながらも先を歩く新八を追ってくる。
たどり着いたのは平助を埋葬した墓地だ。
そして平助の墓の前で新八は口を開く。

「俺等は平助に何をしてやれたんだろな」

唐突に新八の口から出た言葉に左之助は答えられなかった。
ただ友として傍に居ただけだ。
平助はそれで十分だったかもしれないが、今思えばもっといろんなことがしてやれたはずだった。
本当は御陵衛士にさせるのではなく、二人で不安を取り除いてやるべきだった事を二人は自覚していた。
いくら背伸びをして二人に追い付こうとしてもまだ平助は幼かった。
だから導いてやるべきだったのだ。
大人ぶっていてもまだまだ幼かった平助を導けたのは二人だけだっただろう。
そんな想いも込めて新八は左之助に問うた。
しかし左之助から返事が返ってくることはない。
左之助も同じ事を考えているからだろう、俯いて拳を握り締めるだけだ。

「俺はな左之、平助の願いを叶え続けようと思う。死ぬまで笑って生きるんだ」

左之助は俯いていた顔を上げた。それが答えなのを左之助も知っているから。
笑って、笑って、笑い疲れた頃に死ねばいい。
そんな風に何処までも不器用に生きていくしかないのだ。

「そんであっちに行った時にまた三人で漫才でもすればいい」

左之助は思わず新八の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
新八の瞳は決意と誓いを滲ませている。ならば左之助も同じように決意するしかない。
向うに行った時に平助に恥じない人生を送ってきたと言えるように。
その為には生きなくてはならない。一瞬でも長く。
年老いて向うに行った時平助に恥じるような人生では顔向けできない。
どんな形であれ平助は新八と左之助だけは守る気で居たのだから。
その平助の最期の願いを叶え続ける事しか自分達に出来る事はもうないと思っている。
結局一番年下である平助に守られてしまった事に悔しさを覚えたってもう帰ってくる事はないのだ。
それだったら最期の願いを叶えてやるしかない。
あの時もっと周りに気を配っていればと思ってももう遅い。返らないのだあの時には。
時間も命も戻る事はない。
進む事しか出来ないのだ。だったらその進む先が平助の望んだ形であれば言いと新八は思う。
平助が望んだ笑って生きろと言う遺言を実行し続ける事しか二人にはもう道がない。
泣いて一生を終えたのでは平助にどんな顔をして会えばいいのか分からなくなってしまう。
笑って、笑って、笑った先に終えた一生を誇って逝こう。
誇りを持って終えた一生ならまた平助に笑って会える気がした。
これから先どんな未来が待っているかは分からない。
新撰組がどうなるかだって分からない。
分からなくても、どんなに辛くても、笑い飛ばしていこう。
全部、全部笑い飛ばして向うでまた三人揃ったときは本当に心から笑うのだ。
きっと平助はこの先ずっと見守っていてくれる。
案外細かい所があるから約束を違ったら拗ねた顔で迎えられてしまうだろう。
そんな顔での再会など新八は望んではいない。
お疲れ様って言って笑って迎えてくれるように精一杯の笑顔で生きなくてはならない。

「左之よぉ、二人で平助の遺言叶えていこうや」

「新八…」

左之は複雑そうな顔で新八の事を見ている。
分かってはいてもきっと顔には無理をしているとかいてあるのだろう。
伊達に長い付き合いではない、その辺りの表情の変化を察せない程左之助だって馬鹿ではない。
特に左之は新八と平助の表情の変化に敏かった。
態と馬鹿なことをやってみたり、逆に真面目に返してしまったり。
不器用ではあるがそれが左之助なりの優しさだった。
だが今回は名前を呼ぶのがやっとで、自分の気持ちの整理さえ出来ていなかった。
新八の悲しみと決意は左之助にも伝わってくる。
新八がどんな想いで今笑おうとしているかが痛いほど分かる。
一度叶えたら終わりではない。叶え続ける事に意味がある。
そんなある意味無茶苦茶な願いを叶え続けていこうとする新八の決意は相当のものだ。
それに新八はやると言ったらやる男だ。
体格で言えば一番小柄だが、心意気は誰よりも男前の新八は一度決めたことは曲げない。
それがやむおえない事でない限りは。
今回はきっと何があっても曲げる事も折れることもないだろう。
新八とはそういう男だ。



さて、としんみりする左之助を置いて新八は墓地を後にする。
左之助は慌てて後を追うが新八の足取りは来た時よりも軽くなっているようでどんどん先に進んでいく。
体格差から置いていかれるような事はないがそれでももたつく左之助の足はいつもより遅い。
そんな左之助の足取りなど全く気にした様子もなく屯所までの道程を歩く新八の背中は何処か荷が降りたようだった。
叶え続けると決めた新八の心はきっと少しだけ晴れやかになったのだろう。
左之助もいつまでも引きずって泣いているわけにもいかないなと垂れそうになる鼻水をすすった。

「かなわねえな、新八よぉ」

そんな小さな呟きは澄み渡る空に消えた。 inserted by FC2 system