慶応4年1月某日

永倉は船の縁に手をかけ、水面をぼんやりと眺めていた。
あの日からわずか2か月余り。
激動の日々だった。
彼の死を悼む間もなく鳥羽・伏見の戦いが勃発した。
幕軍は薩長軍の新兵器になすすべもなく敗戦した。

江戸のころからの仲間をまた亡くした。
近藤は鳥羽・伏見の戦いの前に伊東一派のものに撃たれ傷を負い、また沖田も病に伏したままだ。
そして先日、山崎も息を引き取った。
新撰組は彼が愛した多くの仲間たちを失っていた。

そして今永倉たちは船に乗り江戸に向かっている。
将軍が居る江戸で再起をはかるつもりだ。

すべて藤堂が永倉たちの目の前で息を引き取った日からわずか2か月も経っていない間の出来事である。



「おーい新八」

巨体がのしのしと歩み寄ってくる。
永倉は声の主をちらりと一瞥したあと再び海に視線を戻した。

「なんでぇ左之」
「いやー、お前が見えたからよ。なに黄昏てんだ?」
「いんやぁ別に?ただ・・・ちょっと平助のこと思い出してた。」
「平助?」

原田がどかりのその大きな背を船の縁に預ける。

「おぉ。烝に会えたかなぁってヨ。」
「烝か・・・。」

原田は体をくるりと回転させ海を眺めた。
つい昨日、山崎の亡骸は海に還された。

「源さんとはもう会えてると良いな。」
「会ってそうそう、なんで死んじゃったんすかー!って泣き喚いてそうだけどネ。」
「違ぇねぇ!」

くつくつと二人で笑いあう。
水面に太陽が反射してきらきらと輝いていた。
砲弾が飛び、仲間たちが一人、また一人と失われていったことが嘘のように感じるほど、船の上は静かだった。


「夏になったらよ。」

原田が言う。

「平助の墓にひまわり供えてやろうと思ってたんだけどな。」
「ひまわり?」
「なんだよぱっつぁん忘れちまったのか?行っただろ、前に3人で広いひまわり畑!」
「あー・・・あぁ!あそこか!」
「そうそう!新八が行方不明になったとこ!」
「なってねぇよ!」





まだ山南が居たときのことだ。
夏の暑い日だった。
太陽の光がギラギラと照り付ける中たまたま3人の非番が重なった3人が、ふらふらと京の町を散策しているひまわり畑にたどり着いた。


「う、うぉぉおおおおすげぇえええ!!!!」
「おおおおおおおすげぇな!!!」
「見事だねぇ」

どこか涼しい場所を探していたのに、目の前に広がるひまわり畑に3人は意識を奪われた。
藤堂なんかは今にも飛び込みかねない勢いで目をキラキラと輝かせていた。


「にしてもデケェな!!新八よりデカいんじゃねぇか?」
「新ぱっつぁんこの中に入ったら埋もれそうだね!」
「うるさいヨお前ら」

「ねぇねぇ!これ摘んで屯所に持って帰んない?」
「いや、勝手に摘んだらまずいデショ。」
「だーいじょうぶだって!2、3本ならさ!なぁ左之!」
「じゃあ一人1本ずつだな!」
「あ、でも新ぱっつぁん持てる?」
「・・・・平助お前ほんと命の綱渡りしてる自覚ある?」
「ぎゃはは!」







「あの時取りに入ったあと平助のやつが、ばっつぁんが居ない!って半泣きになってたよな。」
「ほんとに失礼なやつダヨ。お前のすぐ近くに居るっつーのに。」
「懐かしいなー」
「そうだねぇ・・・。」

懐かしむように慈しむように二人は言葉を紡ぐ。
キラキラ輝く過去の日々にはいつだって『彼』が居た。

よく泣きよく笑い、感情表現豊かで悪戯好きで口が悪くて。
へらへらしてるせいでいい加減な奴だと思われがちだけど、本当はまじめで努力家でそして誰よりも優しく繊細な彼が。

目を閉じればいつでも浮かぶのは彼のあのとびぬけて明るい笑顔だった。


今彼は空の上でどんな顔で自分たちを見つめているだろうか。



「平助ってよ、ひまわりみたいなやつだよな。」
「どうしたのヨ左之。そんなこと言い出すなんて・・・変な物でも食ったか?」
「食ってねぇよ!いや、あの時のこと思い出してたらよ、平助の笑った顔とひまわりって似てるなーって思ったんだよ。」
「あぁ・・・確かにネ。それにまっすぐ上を向いてピンと立ってるとことかも似てるかもな。」
「だろ?」


「この戦いが終わったらさ、二人であのひまわり畑に行って摘んでってやろうか。」
「おお!けど、俺も行きたかったー!って喚きそうだなぁあいつ。」
「むしろついて来てそうだけどネ。」
「ぎゃはは!ありえるな!!」


両手いっぱいに持ってひまわりを持って会いに行こう。
君の笑顔によく似た明るい美しい花を。


「てっちゃん大丈夫かね?」
「まぁこればっかりは・・・自分で立ち直るしかねぇからな・・・。」
「そうだね・・・。」


無二の親友を亡くす痛みを二人は知っている。
だがそれでも、自分たちは彼らの分まで生きるしかないのだ。
彼らの意思を、想いを引き継いで。
それが彼らのためにできるたった一つのことだから。
そうして、たまに思い返して話かけてやれば良い。
自らの心の中に生き続ける限り、彼らもまた生き続けるのだから。



「新八。」
「んー?」
「死ぬなよ。」
「あったりまえだろ?お前も、死ぬなよ。左之。」
「おいおい新八。俺様を誰だと思ってやがる?死にぞこないの左之助たぁ俺のことよ!」
「ぎゃはは!そうだったな!!」


江戸につけばまた激動の日々が続くだろう。
今しばしの休息を二人は噛みしめていた。 inserted by FC2 system